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「30年一括借り上げ」の落とし穴——運営事業者の決算書で見るべき3つの数字
「30年一括借り上げなので安心です」——介護施設の土地活用の提案書には、ほぼ必ずこの言葉が入っています。
しかし、この記事を最後まで読んでいただければ、その安心の正体が見えてきます。30年契約は、運営事業者が30年続いた場合にだけ意味を持つ紙です。 介護施設の土地活用における最大のリスクは、金利でも空室でもなく、運営事業者の撤退。だからこそ、契約書の年数ではなく「この事業者は続くのか」を見極めることが、オーナーにとっての本当のリスク管理になります。
この記事では、オーナーが運営事業者を見極めるために確認すべき決算書の3つの数字と、その目安水準、決算書の外で見るべきもの、そして決算書が読めなくても面談で使える質問までをお伝えします。
先にお断りしておくと、これは「危ない事業者の見分け方」を暴くための記事ではありません。私自身、親から不動産を相続し、土地活用の提案を受ける側だった地主です。あの頃の私は、提案書の「30年」の文字を信じるしかありませんでした。その後、税理士法人で医療・不動産系法人の決算を読み、現在は自ら介護・医療・障害福祉事業を経営する立場になって、ようやく「何を見ればよかったのか」が分かりました。かつての自分に渡したかった教科書として、これを書いています。
なぜ「賃料の高さ」で選んではいけないのか
事業者選びで最も多い失敗は、提示賃料の高さで決めてしまうことです。相場より高い賃料には理由があります。事業収支に無理のある賃料は、開設数年後の減額交渉、最悪の場合は撤退につながる典型パターンです。オーナーが確かめるべきは「今いくら払ってくれるか」ではなく、「30年払い続けられる財務体力があるか」。それを映すのが決算書です。
なお、事業者に決算書の開示を求めることは、30年の賃貸借契約を結ぶ相手として何ら失礼なことではありません。むしろ開示を渋る事業者は、その時点で候補から外してよいというのが私の考えです。
決算書で見る3つの数字——見る順番にも意味がある
決算書を受け取ったとき、私は次の順番で3つの数字を見ます。
① 繰越利益剰余金——「継続の実績」を見る
最初に見るのは貸借対照表の繰越利益剰余金です。これは、その会社が創業以来どれだけ利益を積み上げてきたかの累積記録。単年の好調・不調に左右されない、「継続的に稼ぐ力があったか」の通信簿です。30年の継続性を測るのですから、まず過去の継続の実績から見る——これが順番の理由です。
私の実務上の目安では、1,000万円未満なら発展途上(最近ようやく黒字化した段階と読みます)、5,000万円以上あれば一定の安心感があります。マイナス(繰越損失)であれば、よほどの説明がつかない限り慎重になるべきです。
② 経常利益——「今の収益力」を見る
次に損益計算書の経常利益。本業と財務活動を合わせた、その会社の純粋な収益力です。ここが薄いと、報酬改定・人件費上昇・稼働率の一時的低下といった「ちょっとしたこと」で赤字に転落します。
目安として、500万円未満は下振れに弱く、1,500万円以上あれば多少の環境変化を吸収できると見ています。オーナーの賃料は事業者の固定費です。固定費を払い続ける余力がこの数字に表れます。
③ 売上÷利用者数——「稼ぎ方の健全性」を見る
3つ目は少し意外かもしれません。売上高を利用者数で割った、利用者一人あたりの売上です。①②が「稼ぐ力」を見るのに対し、これは「稼ぎ方が健全か」を見る数字です。
利用者あたりの売上が高すぎる場合、必要のないサービスまで提供している可能性があります。私の実感値では、年間800万円を超えるようだと過剰サービスの懸念を持って中身を確認します。特に医療保険が絡む分野では、業界全体として、実態の伴わない請求が問題化した事例も存在します。過剰な稼ぎ方は、行政の指導・報酬返還・信用失墜を通じて、ある日突然事業の継続性を壊します。「儲かっているから安心」ではなく、「どう儲けているか」まで見る——ここが3つ目の数字の意味です。
※上記の水準はいずれも筆者の実務上の目安であり、事業規模・業態により適正水準は変わります。絶対的な基準ではなく「質問を始めるきっかけ」としてお使いください。
決算書の外で見る5つのこと
決算書は過去の結果に過ぎません。事業のこれからの継続性は、非財務情報で測ります。私が必ず確認するのは次の5点です。
- 稼働率と、その中身:埋まっているかだけでなく、紹介経路が特定のケアマネジャー等に依存していないか、待機者がいるか
- 加算の取得状況(後述)
- 職員の定着:特に中堅層が辞めていないか。人員基準に対する余裕
- 実地指導の指摘履歴:行政指導の履歴と報酬返還リスクの有無
- 管理者層の厚さ:代表が不在でも現場が回る体制か
加算は「監査済みの成績表」——ここまで読めれば一流
5点の中で、オーナーにとって最も馴染みが薄く、しかし最も雄弁なのが加算の取得状況です。介護・障害福祉の報酬には、体制や取り組みに応じた「加算」の制度があり、どの加算を取れているかは行政への届出・記録で裏付けられた、いわば監査済みの外形的な成績表です。読み方は4段階あります。
第一に、事務管理能力の証明。加算は要件確認・体制届・日々の記録整備が回っていて初めて取れます。取れるはずの加算(LIFE関連加算など)を未取得のまま放置している事業者は、情報感度と管理体制に不安があります。
第二に、人事の実態の逆算。処遇改善加算やサービス提供体制強化加算の上位区分は、職員への投資と定着の「結果」としてしか取得できません。求人票や面談では分からない人事の実態が、ここから逆算できます。
第三に、ケアの質の代理指標。機能訓練や栄養関連の加算は、現場で計画・実行・評価のサイクルが回っていないと維持できません。
そして第四に、最も重要なのが制度変化への適応力です。介護報酬は3年ごとに改定されます。改定後に新設された加算を速やかに取得できているかどうかは、制度変化に組織として対応できるか——つまり将来の生存力そのものを測る指標になります。
「危ない」に共通する2つの構造
個別の事業者の話ではなく、私が現場と決算の両方から見てきた「危うさの構造」を2つだけ挙げます。
構造①:急拡大と、責任者の枯渇。 拠点を急ピッチで増やす事業者で、内部から責任者(管理者)を育てる仕組みがない場合、これは高い確率で崩れます。現場スタッフは経験者採用でなんとかなることもありますが、責任者だけは急ごしらえでは作れません。「新拠点の管理者はどう確保していますか?内部登用の実績は?」——この質問への答えで、拡大の持続可能性が分かります。
構造②:利用者数に対して売上が大きすぎる。 前述の3つ目の数字の再掲ですが、稼ぎ方の歪みは、いずれ制度側からの是正という形で事業継続性に跳ね返ります。
「続く事業者」の共通点
逆に、任せられる事業者には明確な共通点があります。私は事業者を「利益重視型」「理念重視型」「継続性重視型」の3タイプで見ていますが、理念重視だけでは財務が続かず、利益重視だけではサービス低下と職員の離反から信頼が崩れ、利用者減少で結局続きません。長く続くのは、サービス向上への情熱と、利益を確保する冷静さ・財務知識を併せ持つ継続性重視型だけです。面談で数字の話と現場の話を同じ温度で語れる経営者——それが私の見てきた「続く事業者」の姿です。
決算書が読めなくても使える、たった一つの質問
最後に、明日の面談から使える質問をお渡しします。
「5年後、ご自身の福祉事業をどうしていたいですか?」
この答えが理念だけに偏っていたら(数字の裏付けのない夢物語)、あるいは拡大路線一辺倒だったら(何拠点に増やす、という話しか出ない)、少し立ち止まってください。サービスの質と経営の数字、その両方に触れながら「続け方」を語れる経営者かどうか。たった一つの質問ですが、3タイプのどれに近いかが驚くほど表れます。
まとめ——数字はオーナーを守る武器になる
30年一括借り上げの安心は、契約書ではなく事業者の中身が作ります。繰越利益剰余金・経常利益・利用者あたり売上の3つの数字、加算という成績表、そして5年後を問う一つの質問。すべてを完璧に使いこなす必要はありません。「見るべきものがある」と知っているだけで、提案の受け方は変わります。
なお、事業者の財務は金融機関も見ています。ここでNGが出れば融資が下りず、事業者選定からやり直しになります。金融機関が審査で何をどの順番で見ているかは介護施設の土地活用で融資はどこまで組めるのか——銀行が見る4つの順番と自己資金の目安にまとめました。
当センターでは、ご紹介する運営事業者の決算書と与信、代表者の人柄・考え方・事業のスタンスを、代表の石川自身が確認しています。財務を確認していない事業者をご紹介することはありません。事業者選びを含めた土地活用の全体像は介護施設の土地活用 完全ガイドを、具体的なご相談は無料簡易診断をご利用ください。
※本記事は2026年8月時点の情報に基づいています。記載の目安水準は筆者の実務上の見解であり、事業規模・業態により適正水準は異なります。運営事業者の評価・契約の判断にあたっては、必要に応じて弁護士等の専門家にもご相談ください。本記事は一般的な情報の提供を目的としており、個別の税務相談に代わるものではありません。具体的な税額計算・特例の適用判断は、必ず税理士にご相談ください。
この記事に関するQ&A
Q. 運営事業者に決算書の開示を求めても失礼になりませんか?
なりません。30年の賃貸借契約を結ぶ相手に財務の確認を求めるのは当然のことです。むしろ開示を渋る事業者は、その時点で慎重に判断すべきというのが筆者の考えです。
Q. 決算書のどこを最初に見ればいいですか?
筆者は①繰越利益剰余金(継続的に利益を積んできた実績)、②経常利益(現在の収益力)、③売上÷利用者数(稼ぎ方の健全性)の順に見ます。目安水準は本文をご参照ください。数字はあくまで質問を始めるきっかけであり、絶対的な基準ではありません。
Q. 「加算」とは何ですか?なぜ事業者選びの参考になるのですか?
介護・障害福祉の報酬制度における、体制や取り組みに応じた上乗せ報酬です。行政への届出と記録で裏付けられるため、事業者の事務管理能力・職員への投資・ケアの質・制度変化への適応力を外形的に示す「監査済みの成績表」として読むことができます。
Q. 提示された賃料が相場より高いのですが、良い条件と考えていいですか?
慎重な確認をおすすめします。事業収支に無理のある賃料は、数年後の減額交渉や撤退につながる典型パターンです。重要なのは目先の金額ではなく「30年払い続けられる財務体力があるか」で、その確認方法が本記事の内容です。
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