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老朽アパートの次の一手——建て替えか、障害者グループホームへの転用か
「入居者がまだ残っているので、何もできないんです」——老朽アパートのご相談で、最も多くうかがう言葉です。
結論からお伝えします。入居者がいる今こそ、動き始めるタイミングです。 老朽アパートの出口は「建て替え」か「転用」の2つ。どちらを選ぶにしても、全室が空くのを待ってから考え始めるのでは遅すぎます。この記事では、2つの道の分かれ目、費用と期間の実感値、そしてお持ちのアパートが転用候補になるかを自己判定できるチェックポイントまでをお伝えします。
私自身、親から不動産を相続し、土地活用の提案を受ける側だった地主です。現在は介護・医療・障害福祉事業を自ら経営し、不動産の実務にも18年携わってきました。老朽アパートの出口は、貸主・借主・事業者の三者の事情が絡む、土地活用の中でも特に「一般論が通用しない」領域です。以下は、その三者すべての立場を経験した人間としての実感を含めた内容です。
老朽アパートの出口は、実は2つしかない
修繕しながら賃貸を続ける道もありますが、築年数が進んだアパートでは、修繕費の増加と家賃の下落が同時に進みます。「継続」は選択肢というより、判断の先送りになりがちです。
出口は大きく2つ。建物を壊して建て替えるか、建物を活かして用途を変える(転用する)かです。そして転用先について、最初に重要なことをお伝えします。住宅型有料老人ホームへの転用は、まず不可能と考えてください。 居室一つあたりの面積、廊下の幅など満たすべき基準が多く、一般のアパートの間取りでそれを満たすことは現実的にできません。寮などからの転用なら可能性はゼロではありませんが、実現性は低いのが実情です。
現実的な転用先は、障害者グループホームです。住宅規模の建物で成立する事業であるため、アパートとの相性が構造的に良いのです(グループホームという事業そのものについては100坪の土地でもできる障害者グループホームという選択肢で詳しく解説しています)。
建て替え編——成否は「全室退去まで持っていけるか」で決まる
建て替えがうまくいくのは、シンプルに言えば入居者全員に退去いただける場合です。当たり前のようですが、ここが最大の関門であり、費用と期間の大半もここで決まります。
一番苦労するのは、高齢の一人暮らしの入居者
立ち退きの実務で最も難しいのは、ごねる人への対応ではありません。高齢の一人暮らしの方の「次の住まい」が見つからないことです。高齢者の入居を受け入れる賃貸住宅は限られており、ご本人に退去の意思があっても、行き先がなければ話は進みません。
これは私たちが老朽アパートの相談をお受けする際の、いわば本業との接点でもあります。当センターを運営するWELLSYNCは、名古屋エリアでアパート入居が困難な高齢者・障害者向けに借り上げているアパートを複数持っており、退去される方の受け皿のご相談にも乗れる体制があります。「立ち退き=入居者を追い出すこと」ではなく、「次の住まいへの住み替えを支援すること」として設計できるかどうかが、建て替えの成否と、オーナー様の心理的負担の両方を左右します。
「入居者がいるうちは何もできない」は誤解——3〜5年の計画的退去
もう一つの誤解が「全員が自然に退去するまで待つしかない」というものです。有効なのは、3〜5年ほどの計画を立て、入居者の入れ替わりのタイミングで定期借家契約に切り替えていく方法です。定期借家契約は期間満了で確定的に終了する契約ですから、切り替えが進むほど「全室が空く日」を計画として定められるようになります。時間はかかりますが、立退料の負担と交渉の摩擦を大きく減らせる、実務上もっとも堅実な進め方です。
立退料の「相場」に根拠はない——そして非弁行為への注意
立退料は「家賃6ヶ月分」と言われることがありますが、明確な根拠はありません。 スムーズに退去いただける方もいれば、交渉の結果として相応の立退料が必要になる方もいて、実際は人によって大きく異なります。だからこそ前述の計画的退去で「交渉が必要な人数」自体を減らしておくことに意味があります。
もう一点、必ず知っておいていただきたいのが法律面です。立ち退き交渉は、貸主本人または弁護士以外が行うと非弁行為(弁護士法違反)にあたる場合があります。 建築会社や不動産会社が主導で交渉を進めるケースでは注意が必要です。当センターがお手伝いする場合も、交渉は弁護士と連携して進めます。
解体費と期間の実感値
解体費用は建物の規模と構造によりますが、私の実務上の目安では**木造2階建て15戸程度で600万円〜、鉄筋造なら1,000万円〜**です。期間は、早く見積もって立ち退き交渉に半年、解体に2ヶ月、建設に8ヶ月、完成後オープンまで2ヶ月——合計で約1年半。ここに前段の計画的退去の3〜5年が加わることを考えると、建て替えは「思い立ってから完成まで、最長で6年超」の仕事だと分かります。
転用編——カギは消防、目安は「5室」
建物がまだ使える、投資を抑えたい、という場合に検討したいのが障害者グループホームへの転用です。ただし、ここには知っておくべき制度の壁があります。
建築基準法上は「寄宿舎」になる
アパートをグループホームにすると、建築基準法上の扱いは「共同住宅」から**「寄宿舎」**に変わります。床面積200㎡以下なら用途変更の確認申請は不要ですが、申請が不要なだけで、建築基準法の基準(防火・避難経路など)への適合は必要です。 名古屋市では事業所の規模に関わらず建築基準法の遵守が徹底されており、指定申請の審査では建築士による法適合確認が求められます。「小さいから手続きなしでできる」という理解は危険です。
最大のポイントは消防設備
転用費用を左右する最大の要素は消防設備です。私の実感では、各室に火災報知器がすでに設置されていれば、大きな費用をかけずに転用できる可能性があります。 逆にここが未整備だと、設備工事の範囲が広がります。ただし適合の判断には所轄の消防署ごとの解釈の要素も大きく、事前協議が欠かせません。
全室でなくてもいい——「5室」という目安
見落とされがちなのが、アパートの一部の部屋だけをグループホームにするという選択肢です。私の実務上の目安では、グループホームとして5室以上使えるなら、運営事業者を見つけることは現実的に可能です。この5室は1戸の中に5室という意味ではなく、たとえば1Rが合計5戸、というかたちでも成立します。満室でない老朽アパートなら、空いている部屋から転用を始める道があるということです。
転用しやすいアパート・5つのチェックポイント
では、お持ちのアパートは転用候補になるのか。実務で使っている確認項目を、オーナー様向けに5つに絞ってお伝えします。
- 建物全体の規模と、グループホーム部分の割合:グループホーム部分(5〜6床で概ね100〜120㎡)が建物全体の延べ面積の1/10以下に収まると、消防設備の工事を関係のない他の住戸にまで波及させずに済む可能性があります。目安として延べ面積1,200㎡以上の建物だと、この条件を満たしやすくなります。
- 階段室型の1階部分か:各住戸へ独立した階段でアクセスする構造の1階部分は、上の階と別個に扱える可能性があり、転用しやすい代表的なパターンです。
- メゾネット型でないか:住戸内に階段のあるメゾネット型、特に3階以上にかかるものは、寄宿舎では使えない特例が多く、原則避けるべきです。
- 2003年7月以降の竣工か:それ以前の建物は24時間換気設備がなく、特に鉄筋コンクリート造では給気口の新設が構造的に難しい場合があります。
- (3階以上を使う場合)非常用進入口が成立するか:道路に面した窓など、消防隊が進入できる開口部が必要です。
なお、これらのハードルが高い場合でも、**入居者1名の「サテライト型住居」**として活用すれば、消防法上は共同住宅の1住戸のまま維持できる判断が一般的で、設備工事を回避できる可能性があります。改修負担を抑えたい場合の有力な逃げ道です。
※上記はいずれも検討の入口となる筆者の実務上の整理であり、適合の可否は建築士・特定行政庁・所轄消防本部との協議によって個別に判断されます。
相続対策として考えるなら、時間から逆算する
老朽アパートの出口を相続対策として考える場合、意識すべき時間のルールが2つあります(2026年8月時点)。小規模宅地等の特例には相続開始前3年以内の新規貸付を対象外とする3年ルールがあり、さらに令和8年度税制改正では、相続開始前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産を時価に近い評価とする5年ルールが新設され、2027年1月1日以後の相続・贈与から適用されるとされています(詳しくは相続税の「5年ルール」とは——2027年1月適用で「買って節税」はどう変わるかをご覧ください)。
ここまで見てきた通り、建て替えは計画的退去も含めれば数年単位、転用でも協議と改修に相応の期間がかかります。時間のルールと開設までの期間、その両方から逆算すれば、結論は一つ——早いに越したことはない、ということです。適用関係は個別の状況によるため、具体的な判断は税理士へのご確認が必要ですが、「検討を始める」のに早すぎることはありません。
まとめ——「何もできない」ではなく「今から設計できる」
老朽アパートは、入居者がいるから動けない資産ではなく、入居者がいる今から出口を設計すべき資産です。建て替えなら3〜5年の計画的退去から、転用なら5つのチェックポイントの確認から。まずはお持ちのアパートがどちらの道に向いているか、無料簡易診断でご確認ください。土地活用全体の考え方は介護施設の土地活用 完全ガイドにまとめています。当センターでは、退去される入居者様の受け皿のご相談から、転用後の運営事業者のマッチングまで、出口の設計を一貫してお手伝いします。
※本記事は2026年8月時点の情報に基づいています。本記事は一般的な情報の提供を目的としており、個別の税務相談に代わるものではありません。具体的な税額計算・特例の適用判断は、必ず税理士にご相談ください。
この記事に関するQ&A
Q. 入居者がいるうちは、建て替えの準備は何もできないのでしょうか?
できます。有効なのは、3〜5年ほどの計画を立て、入居者の入れ替わりのタイミングで定期借家契約に切り替えていく方法です。切り替えが進むほど「全室が空く日」を計画として定められ、立退料の負担と交渉の摩擦を減らせます。むしろ入居者がいる段階から出口を設計することが、建て替え成功の条件です。
Q. 老朽アパートを住宅型有料老人ホームに転用できますか?
まず不可能と考えてください。居室一つあたりの面積や廊下の幅など満たすべき基準が多く、一般のアパートの間取りでは現実的に満たせません。現実的な転用先は、住宅規模の建物で成立する障害者グループホームです。ただし建築基準法上「寄宿舎」の扱いとなるため、消防・建築基準への適合確認が前提になります。
Q. 立退料の相場はいくらですか?
「家賃6ヶ月分」と言われることがありますが、明確な根拠はなく、実際は入居者ごとに大きく異なります。また、立ち退き交渉は貸主本人または弁護士以外が行うと非弁行為にあたる場合があるため、業者主導で進める提案には注意が必要です。筆者がお手伝いする場合も弁護士と連携して進めます。
Q. アパートの一部の部屋だけをグループホームにすることはできますか?
可能です。筆者の実務上の目安では、合計5室以上をグループホームとして使えるなら運営事業者を見つけることは現実的です。この5室は複数戸の合算でも成立します。また、グループホーム部分が建物全体の延べ面積の1/10以下に収まると、消防設備工事を他の住戸に波及させずに済む可能性があります。個別の適合判断は建築士・所轄消防本部との協議が必要です。
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